保津川下りを終え、嵐山へ到着。
「ほら、つかまりなよ」
船から降りようとしたとき、彼が手を差し出してきた。
「え……」
いきなり何なの。突然の行動に私はただ驚き、固まってしまった。
その様子を見た彼は、ぷっと笑う。
「また落ちそうになったら迷惑だろ? お前が川に流されて待つのも嫌だし」
「私、そんなにどんくさくない」
彼の手をパシッと払った。手助けなど不要という意思表示だ。
「なんだよ、人の親切を無下にするなよ」
そうは言いながらも、彼は笑っていた。
「はーい、みなさん集まって」
クラス全員が船から降り、ガイドさんの周りに集まる。
「スリリングな船の旅、お疲れさまでした。では、今から渡月橋に行きますよ!」
歩くこと数分、美しい自然の中に現れる一直線の人工物――渡月橋が見えてきた。
ガイドさんは手に持っている旗を振り、注目を集めると渡月橋の歴史について説明を始める。
「皆さん、こちらが渡月橋です! 嵐山のシンボルともいえるこの橋は、桂川に架かる長さ約155メートル、幅約12.2メートルの橋です」
渡月橋の起源について話が続く。
「この橋が最初に架けられたのは平安時代(承和年間 834~848年)とされています。僧侶の道昌が法輪寺への参詣のために架けたのが始まりで、当時は『法輪寺橋』
と呼ばれていました」
鎌倉時代になると、亀山天皇が橋の上空を移動する月を眺めて、「くまなき月の渡るに似たり」と詠んだことがきっかけで、『渡月橋』という名前が付けられました。
「渡月橋は長い歴史の中で洪水や戦乱によって何度も流され、そのたびに再建されてきました。現在の橋は1934年(昭和9年)に完成したもので、鉄骨鉄筋コンクリートの桁橋となっています」
「え、コンクリート!?」
ガイドさんの説明に周りがざわつき始める。
その気持ちもわかる。どう見ても、木造の橋に見えるのに。
驚きの声にガイドさんは満足そうに微笑み、解説を続ける。
「渡月橋は明治時代までは木造でした。しかし、洪水による流失が度重なり、特に昭和7年(1932年)の大洪水で橋の一部が流されてしまいました。そのため、昭和9年に鉄筋コンクリート製へと改修されたのです」
「ただし、景観を損なわないように欄干は木造の角格子式を採用し、遠くから見ると昔の木造橋の雰囲気を残すように工夫されています。
橋を渡るときに、よく見てください。近くで見ると、コンクリートだってわかると思いますよ」
渡月橋にたどり着き、ゆっくりと歩き出す。
橋の幅は広く、しっかりとした造りで、歩くたびにその大きさを実感する。
手すりにそっと触れると、木の温かみが指先に伝わる。
それは、まるで長い歴史を刻んできた橋の記憶が宿っているような感触だった。
けれど、足元を見れば、しっかりとしたコンクリートの橋脚が支えている。
この橋は、何度も洪水に流されながらも、そのたびに再建されてきた――。
木の優しさと、コンクリートの強さ。
その二つが混ざり合いながら、今もここに立っている。
ふと、橋の下を流れる桂川を見下ろす。
水面は静かで、ゆったりとした流れが続いている。
けれど、この川は過去に何度も橋を破壊してきた。
今は穏やかでも、ひとたび雨が降れば、その姿は一変する。
そんなことを考えていると――。
「ねぇ、もしあの時落ちてたら、ここから見えたんじゃない?」
友達の何気ないつぶやきが耳に届く。
「……そんなわけないでしょ!」
笑いながら言い返すものの、穏やかな川の流れを見つめながら、その言葉が妙に心に残る。
彼があの時、助けてくれなかったら――
すでに橋を渡り、向こう側に彼に後ろ姿が見える。
安全な橋の上で、私の心臓は高鳴っていた。